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従業員持株会を活用した対策

中小企業のオーナー経営者は、その資産に占める自社株の割合が高いことも多く、キャッシュがあまりないことも多いです。自社株の相続税評価は、業績がものすごく良いというわけではなくとも社歴の長い会社であればコツコツと利益が積み上げられていることにより、高くなりがちです。

相続財産にキャッシュがあまりなく、その上、後継者に多額の相続税がかかっては、納税資金を会社から借りるということにもなりかねず、経営にも影響が及んでしまいます。

それでは事業承継もままなりません。

従業員持株会は、オーナー経営者の保有する自社株を減らして財産を圧縮することができ、相続税評価も下がります。その意味で事業承継対策となるのです。

以下詳しく解説します。

 

従業員持株会とは

(1)従業員持株会とは

簡単に言うと、勤務先の会社の株式(自社株)を買うために従業員が主体となって作る会員団体です。従業員が一定額を出資して、従業員持株会が自社株を買い、従業員はその出資割合に応じて自社株の持分を保有します。会社が配当を出すと、従業員は、持分に応じてその配当を受けることができます。

従業員持株会は、一般的には、民法上の組合(民法667条)で作ります。組合には法人格はありません。したがって、従業員持株会が買った自社株は、従業員持株会に帰属するのではなく、直接、従業員たちに共有で帰属することとなります。

法人格がないため、法人税は従業員持株会には課税されません。あくまでも従業員個人に配当所得として課税がなされます。

 

(2)従業員にとってのメリット

それでは、従業員持株会は、従業員にとってどのようなメリットがあるのでしょうか。最大のメリットは、資産運用、資産形成に役立つということです。一般的には、従業員持株会に対する配当は、出資額の10%程に設定し、高めの利率にします。これにより従業員の資産形成に役立つため、メリットがあるのです。福利厚生ですね。

また、自社株を保有することによって、会社の業績へ意識が向くようになり、モチベーションの向上や働きがいを持ちやすくなります。

これらの従業員にとってのメリットが、実際の運営においては欠かせないものであり、従業員持株会のメインの目的であることが大切です。

 

(3)経営者にとってのメリット

経営者にとってメリットはたくさんあります。

①従業員が会社の業績へ意識を向けるようになり、経営参加意識の向上も期待できます。

モチベーションもアップし、会社の業績アップにもつながります。
②従業員持株会を使わずに、従業員に直接株式を保有させてしまうと、従業員に相続が発生

した場合に、株式が従業員の相続人へと渡ることになりかねず、株式が分散してしまいま

す。それを防ぐため、会社が買取りをすることはできますが、その際に買取価格でトラブ

ルになることがあります。従業員持株会は、このような株式分散のリスクなく、従業員に自社株を保有させることができます。

③最大のメリットは、相続税対策となることです。

具体例を見てみましょう。

オーナー経営者であるAさんは、以下の株式会社甲を経営しています。


<株式会社甲>非上場会社
資  本  金:1000万円
発行済株式数:1万株
株    主:Aさん1人(100%保有)
株    価:1株5万円
Aさんの家族構成は、配偶者B、長男C(後継者)、次男Dです。
株式会社甲の株式は、後継者である長男Cがすべて相続する予定です。
話を簡単にするために、Aさんの資産は、株式会社甲の株式のみとしましょう。

株式会社甲の株式の相続税評価は1株5万円ですから、5万円×1万株で、全体で5億円となります。つまり、Aさんの資産は5億円となります。このままだと、相続税が1億3000万円程かかります。

ここで従業員持株会を作り、株式を買取ってもらうとどうなるのでしょうか。

例えば、発行済株式数の30%、3000株(1億5000万円分)を従業員持株会に移すことにしましょう。Aさんは、引き続き株式の70%は維持していますので、会社に対する支配権は維持されています。

従業員持株会が、買取るわけですから、従業員持株会に株式が移るかわりに、Aさんは、売買代金を受けることになります。株式が現金に代わるのです。

これをいくらで従業員持株会が買取るのかというと、1億5000万円で買取ってしまっては株式が現金になっただけですので、Aさんの資産は変わらず、相続対策にはなりません。しかしながら、従業員持株会が買取るときは、配当還元価額という特例的評価方式で評価した価額で買取ることができます(※注)。この配当還元価額は、一般的に安い金額になることが多いです。

本事例の場合、例えば1株500円となりました。

そうすると、500円×3000株=150万円となり、

Aさんの資産は、

3億5000万円(株式7000株)+150万円(売買代金)=3億5150万円

となり、5億円の資産が3億5150万円となったわけですから、1億4850万円も資産が減り、圧縮することができました。

相続税額としては、7500万円程となり、約5500万円もの節税となります。

 

※注

配当還元価額とは、同族株主以外の株主が取得した株式についての、特例的な評価方式による価額です。配当還元価額は、その株式を所有することによって受取る1年間の配当金額を、10%で割戻して計算します。要するに、1株あたり配当額の10倍です(一部例外あり)。

 

(4)デメリット、注意点

経営者にとって多くのメリットがありますが、相続税対策のみを目当てにして、実体のない持株会を作ってしまったら、税務上否認される恐れもあります。

したがって、きちんと運営し、配当を出していくことが大切です。従業員の資産形成に役立つ、福利厚生のための制度である、ここをメインの目的として、しっかりと運営することが重要です。その副産物として、相続税対策にもなるということです。

また、従業員が株式を保有するということは、株主となるということですから、請求があれば、決算書の開示義務があります。

さらに、そのままでは従業員は、株主として、株主総会における議決権を有することになります。従業員に議決権を与えたくない場合は、種類株式を使うことで解決できます。

会社法上、種類株式として議決権制限株式を発行することが認められています(会社法108条1項3号)。議決権制限株式は、株主総会において議決権を行使することができる事項を自由に設計することができ、完全に議決権を失くすこともできます。従業員持株会に移す株式については、議決権制限株式に転換しておいて、それを渡せば議決権を付与しないことが可能です。

また、単純に議決権がないものとすると、従業員の理解を得るのが難しければ、種類株式のうち配当優先株式(会社法108条1項1号)を議決権制限株式とともに併せて設定することもできます。配当優先株式とは、文字通り、普通株式より配当の場面において優先的な取扱いをするというものですので、議決権がない代わりに、配当で得をするものだと説明がつきます。種類株式を導入する場合は、事前に定款変更を行って、登記をする必要があります。

 

対策までの期間

打ち合わせ、全体の設計を決定するのが最も時間がかかります。また、従業員へ説明し、納得してもらうことも必要です。会社それぞれの事情によりますが、通常、ここまでに数か月はかかります。

その後は、種類株式の導入をする場合は、その登記に1か月程かかり、その他の従業員持株会の設立作業は、規約の作成、設立発起人会、理事会の開催、その他の事務作業等で1~2か月程かかります。

全体では、3か月から半年以上はかかることが通常です。

以上、事業承継対策として、従業員持株会について解説しました。
導入をご検討されている方は、是非一度ご相談ください。